ナチュ*ログ ~いいこと見つけた~ 

ちいさなHappyを見つけよう。~*幸せはいつも側にある*~
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旧伊藤伝右衛門邸

2008ブログ 222
筑豊の炭鉱王として知られる伊藤伝右衛門の本邸として建造。
四つの居住棟と三つの土蔵。
そしてそして池を配した広大な回遊式庭園を持つ大豪邸であります。


2008ブログ 223
立派な門構え。面する道路は旧長崎街道です。


2008ブログ 227
庭園から見た本邸。


2008ブログ 226
そしてこれが広大な庭園の一部。


本邸内は撮影禁止だったのでここで紹介することは出来ませんが
外がこれだけのモノですから。そりゃ~中も立派なモンです。
ちょっとしたお城のようです。
鬼ごっこやかくれんぼをすれば盛り上がること間違いなし!な感じです。

そして何と言ってもここは、歌人「柳原白蓮」が伝右衛門の妻として
約10年間を過ごしたゆかりの地でもあります。
この白蓮さん、とっても波乱万丈に、情熱的に人生を送った人なの。
個人的に興味があったのでちょっとご紹介します。

≪柳原白蓮~1885-1966~≫
大正天皇の従姉妹にあたる華族として生まれ
14歳で北小路爵家の息子・資武(すけたけ。犬神家みたい~)と結婚。
15歳で男児を出産するが、精神薄弱に近い資武との結婚生活を見兼ねた家族が5年後に離婚させる。(この時子供は義母に奪われる)
27歳で伊藤伝右衛門と再婚。色んな思惑が絡んだ政略結婚だった。
30代半ばで6歳年下の運命の人「宮崎龍介」と出逢う。
当時人妻の恋愛は姦通罪として裁かれる時代。けれど白蓮は
「金力をもって女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別を告げます」
という公開絶縁状を朝日新聞に掲載した。(カッコイ~♪)
その後、華族からの除籍と財産没収という条件で離婚成立。
2年間は幽閉のような生活を送るが、関東大震災のどさくさに紛れ
ようやく愛する人との生活を手にする。

ね?すごくないですか?まだまだ女性の自由な恋愛が許されにくい時代に
こんなにも自分の思いに正直に生きた強い女性がいたんですねぇ。
絶縁状を新聞に掲載するっていう大胆な男前っぷり!私以上です。
それまで家の事情で結婚やら離婚やらをさせられてきた白蓮が
心から愛する人に出会ったことで見事にしてやったり!という感じです。
こんなにスゴイ豪邸に住んでいても心が満たされないと意味がないのですね。
(それでも一度はこんな暮らししてみたいけどねぇ。フフッ)

そんな情熱的な白蓮の詠んだ歌です。

  ≪ わが命 惜しまるるほどの幸を 初めて知らむ 相許すとき ≫

こんな風に命を賭けて愛せる人に出会えた白蓮が少し羨ましい。


あっ!そうそう。ここへ行った最大の目的はコレだった・・・・・


2008ブログ 236
何度もトライしましたがピントの合った写真は一枚も撮れませんでした。
夜景ってシャッター速度が遅いからフリーハンドで撮るとどうしてもブレてしまいます。すみません・・・・・

11月いっぱいまで夜はライトアップされてた旧伊藤伝右衛門邸。
これが見たくて慌てて出掛けたのでした。
これじゃ分からないだろうけど・・・キレイでしたよぉ♪


≪旧伊藤伝右衛門邸≫
〒820-0066
福岡県飯塚市幸袋300番地
0948-22-9700
会館時間 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日   火・水曜日(祝日は開館)
        年末年始(12月29日~1月3日)
入館料   大人300円 小・中学生100円
        土曜日に限り小・中・高校生は無料


 
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